魔法少女の夜

部屋の時計が一度、鐘を鳴らした。明日は高校で大切なテストがあるというのに、なかなか寝付けなかった。
別にお昼寝をしたわけでも、寝る前にコーヒーを飲んだわけでもない。ただ、私の第六感がただならぬ気配を感じ取って眠れないのだ。
遠くを走る電車の音もすっかり聞こえなくなって、街は深く寝静まっていた。人がたてる音はおろか、この頃鳴き始めた虫たち
も、今夜はおやすみのようだった。異様な沈黙があたりを覆っていた。
今日、何度目かの寝返りを打って、ようやく目蓋が重くなりだした。遠くでペットボトルが転がる音を聞きながら、私はもう夢の一歩手前まで来ていた。
突然、部屋の窓ガラスに何かがぶつかった。バシン、という音が部屋に響いた。眠りに落ちる寸前の心地よさに浸っていた私は、一気に現実に引き戻された。
一体どうしたの?私は飛び起きてカーテンを開けた。窓には一枚の手紙が貼り付いていた。
   
 カーラ親愛なる キュア・ポルポラ  
   今夜二時にお待ちしております
           ヴァンピーロ

手紙には短くそう記されていた。最近街で若い女性が行方不明になる事件が多発していた。すべてヴァンピーロ、ヤツの仕業だったのだ。街のみんなが危険にさらされているときに、私の明日のテストを心配している場合ではなかった。
マジカステッキを握り、心の中で呪文を唱える。私の体が発光し始めた。風呂上りに乾かし切れず、湿っていた黒髪は、ふんわりとした形に整えられ、明るい紫色に変わっていた。パジャマも一瞬にして紫色を基調としたフリフリのドレスに変わった。私はキュア・ポルポラに変身した。
怪人ヴァンピーロと戦う準備は万端だ。私は暗闇と沈黙に支配された街に足を踏み入れた。これだから魔法少女と学生生活は両立が難しいのだ。
通りを歩いていると、背後から強い光に照らされた。まさか、ヴァンピーロ?!私はステッキを握り直し振り返った。そこには懐中電灯を持った制服の警官が立っていた。

「ちょっといいかな。こんな時間にそんな格好して何してるの?」

警官は私を訝しんでいた。世に言う補導というものだろう。私は唇を噛んだ。よりによってヴァンピーロとの対決を控えているときに補導されてしまうとは。

「魔法少女やってまして。」
「ああ、コスプレか何か?というか君、高校生?」

彼は苦笑いしていた。警官ならわかってくれると思った私が馬鹿だった。完璧に怪しまれていた。逃げても大ごとになりそうだったので、私は正直に答えて早く解放してもらうことにした。

「は、はい。でもコスプレじゃないです。」
「栃木県の条例で、18歳未満は23時から4時までの間の外出は補導の対象になるんだよ。だからね、魔法少女だかなんだか知らないけど、この時間に出歩くのは不法少女だよ」
「ちゃんと、理由はあります。ヴァンピーロと言う男と対決するんです。」
「それは、その男からこの時間に来いと言われたの?」
「はい。」
「保護者の方は、知ってるの?」
「いえ。」
「保護者の方に言えないことはやっちゃいけないよ。カンピロバクターだか何だか知らないけど、こんな時間にお嬢さんを連れ出すような男と関わるのはやめなさい。」
「でも、私には平和を守る使命が……」
「治安は僕たちおまわりさんが守るから。そもそもこの髪の毛の色はなに?」

彼は私の髪を引っ張った。
「痛い痛い」
「え、カツラじゃないの?高校生だっけ?」
「はい。」
「どこに通ってるの?」
「聖ルマコーニ学園に。」

警官の気迫に押されてつい正直に言ってしまったことを後悔した。これではキュア・ポルポラの正体がバレてしまうではないか。

「あそこは髪染めだめでしょ。高校の風紀乱しておいて何が『町の平和を守る』だよ。まずは黒染めしなさい。」
「でも、これは、染めたとかじゃなくて。私の中のマジカ・スピリトのオーラがこの現世で……」
「え、薬とかやってないよね。誰かに何か変なもの飲まされたりした?」
「いえ、決してそう言うのではなくて。ヴァンピーロとの対決に備えて変身したら、私の中のマジカ・スピリトが溢れ出て……」
「わかった、わかったから一旦ここまでにしようか。あとは署の方で詳しく聞かせてもらえるかな。」

警官はトランシーバーでパトカーを呼んだ。すぐにパトカーのサイレンが近づいていた。もはや明日のテストどころではなくなっていた。今夜はまだ明けそうになかった。

◇◇◇

キュア・ポルポラが補導される一部始終を見下ろしている影があった。電信柱の上でたなびくマント、血を吸うための鋭い歯。彼女を呼び出した怪人ヴァンピーロだった。半年前に在留期限を迎えた彼はパトカーで連行されるキュア・ポルポラを見守ることしかできなかった。
ヴァンピーロは暗い夜道を、マントを引きずりながら妖怪ポストへ向かった。




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